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名言

イマヌエル・カント『永遠平和のために』の予備条項より

 

第三条項 常備軍は、時とともに全廃されなければならない。

 

「なぜなら、常備軍はいつでも武装して出撃する準備を整えていることによって、ほかの諸国をたえず戦争の脅威にさらしているからである。常備軍が刺戟(しげき)となって、たがいに無際限な軍備の拡大を競うようになると、それに費やされる軍事費の増大で、ついには平和の方が短期の戦争よりもいっそう重荷となり、この重荷を逃れるために、常備軍そのものが先制攻撃の原因となるのである。そのうえ、人を殺したり人に殺されたりするために雇われることは、(中略)われわれ自身の人格における人間性の権利とおよそ調和しないであろう」

 

「だが国民が自発的に一定期間にわたって武器使用を練習し、自分や祖国を外からの攻撃に対して防備することは、これとはまったく別の事柄である」

 

名言だと思いました。これを引用して読者に紹介してくれたのは池上彰氏です。

池上氏は、「だが国民が」以降について、「これはスイスのイメージですね」

と書いています。

 

全くの丸腰でいろ、というわけではないけれど、競って軍を常備する状態は

いたちごっこになり危険だとカントは早々と18世紀に指摘しているのです。

 

数年前、大正から昭和初期のお話を聞きたくて私がお会いした90代の男性は、

最近になって戦争を語るようになり(若い頃は一切口に出さなかったそうです)

「そりゃもう、あの戦争では、みんなひどいことをしたもんです」と言って

しばし無言になり、噛みしめるように「今の世の中が戦前と似ていて恐ろしい」

とつぶやきました。ときどき耳にする言葉ではあったけれど、本当に当時の

空気に巻き込まれ戦地にまで行かされた方の肉声で聞いてゾクッとしました。

 

再び今、世界が不穏になってきているのは確かですし、それを全く無視して

暮らすのは「お花畑」かもしれません。でも、ことさらにそれを誇張せず

静かに対処したほうが賢明ではないだろうか、と考える人がいるのは当然

であって、それを「平和ボケ」などと揶揄すべきではありません。

感情的になってよく知りもしない国を悪く言うことこそ恥ずべき行為です。

 

戦争映画は好きではないけれど、うっかりドキュメンンタリー好きが

高じて見てしまった映画「アルマジロ」は強烈でした。要するに、

武器にお金をかけて、それを使う訓練を毎日していると、ついつい早く

実戦に使いたいと願ってしまう心情が人間にはあるんだな、と学びました。

そういう乱暴な衝動がある以上、人殺しの道具は持つべきではないです。

なぜ非武装が尊いのか、武器を手放させる努力、子どもに武器でなく

ペンを握らせる努力がいかに大切か、改めて考えさせられました。

 

今、難民問題のドキュメンタリー「ヒューマン・フロー」の記事を

書きたくて準備しています※。アルマジロは見て後悔したけれど、

ヒューマン・フローは多くの方にぜひ見ていただきたい素晴らしい

作品です。この映画ではまさに、戦地で生まれ武器を持つしかない子

たちの悲劇が実際の映像で描かれています。こんな悲劇はありません。

この映画上映のクラウドファンディングが始まったようですので、

興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。

 

※追記2019.2.27

12/11に、こちらに掲載されました。

 

 

18世紀の哲学者が永遠の平和を願って深く考えた言葉を書き残して

くれているのに、残念ながら目覚ましい進化を遂げることもなく、

同じような過ちを繰り返し、さらに生きる基盤の地球をダメにして、

ますます住みにくく、争いが起きやすい状況をつくってしまっている

自分らが切ないです。個人はたった100年程度しか生きられず、

できることは限られているけれど、何もできないわけではない。

カントのような頭脳の持ち主は今もたくさん生きているはずですから。

 

余談ですが、池上さんの名前を冠したテレビ番組が多過ぎる気がします。

他に適切に解説できるタレントが一人もいないとは思えません。

知名度、視聴率、いろいろ大人の事情があるにしろ、その手の番組の

司会が、どれを見ても池上さん!というのは偏りすぎです。下準備が

たくさん必要なはずだから過労になるし質も落ちるだろうと心配です。

(息子が最初のうちは興味を持って、よく見ていましたが、最近は

また池上さんだ、あ、まただ、と家族で白けるようになりました。)

池上さん本人ではなく、安易に乗っかる制作者に問題があるのでは。

 

カントの引用を読んだのは、NHKラジオ英会話12月号のテキストです。

また池上さんだ!とは思ったけれど、毎号とても良いことが書いてあり、

さすが人気者。実力者だな、と思ったりもします。

まさか自分で書いていない、なんてことは、ジャーナリストに限って

ないと信じて読んでいます。なあんて、ちょっと疑ってしまったのは、

テレビ番組の解説について、無償で協力したのに名前も紹介

されなかったと憤っている学者のTweetを見かけたからです。

まあ、それだって人気者を蹴落とすためのフェイクTweetかもしれず、

今の時代、何を信じて良いのやら分かりませんが。ただ、

著名な作家が結構ゴーストライターを使っているのは本当のようです。

それは、この業界に入ってから知りました。売るために名前を

使いたくなる出版不況の厳しさも分かるけれど、私は、もし人様の

書いたものに自分の名前を付けて世に出すのなら、最後に小さくでも

その無名の功労者の名前を挙げるのが有名人の倫理ではないかと

思っています。大人のつく小さな嘘は積み重なって巨大な不正に

なります。嘘を付くなと子どもを育てるくせに、大人のほうが余程

悪事に鈍感です。昨今の免震偽装も全く子どもに恥ずかしい事件です。